清流のごとき意思決定

| コメント(0) | トラックバック(0)
意思決定の透明度はどれくらいだろうか?
そもそも意思決定は濁ることをご存知だろうか?

意思決定は濁るものだ。
そして理想の意思決定は清流の如き清らかさ、透明度
でできるかどうかが大事ではないだろうか?

意思決定が濁るとは?
意思決定が濁るとは、意思決定をするときに本来すべき意思決定ではなく
幾つかの要因によって濁らされるという意味だ。
濁る要因としては

・自分が作業をする必要がある
・金銭的制約がある
・時間的制約がある

その他にも濁らせる要因は多々あるだろう。
この中で経営に近いものほど注意しなければならない濁りは

自分が作業をする必要がある

という濁りだ。
自分がやる前提だとついつい甘くなる。
どんなに優しい人でも人がやる前提であればより透明度の高い
意思決定ができる。

私も1つ意思決定で濁ってしまっているものに気がついた。
その濁りをなくすために、自分でやるのをやめることにした。

これによりさらに意思決定に集中できるのではないかと考えている。

清流のごとき意思決定を心がけたい。

よし!やるだけ!

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://sokengroup.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/794

コメントする

アクセスカウンター
テレクラライブチャット出会いメル友

このブログ記事について

このページは、山口智朗が2012年7月30日 22:46に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「課題を伝えられるか?」です。

次のブログ記事は「愚者の改善、賢者の改善」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ