天気予報の価値が変わる日

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歳を取るたびに天気予報が気になるようになった。
子供のころ、天気予報とかそれほど気にしたかなと
思いながら今日はどうだろうと天気予報を見る。

出張でホテルに泊まると地デジ対応されているので
それで天気予報を見る。

実は自宅はまだブラウン管のテレビ(恥ずかしいことに)。

地デジ化されると天気予報は地デジのデータ放送で
いつでも見ることができる。
さらに、携帯でも見ることができる。

いつでも見ることができるということは、合理的に考えると
天気予報をテレビでやる理由はなくなる。

では天気予報はなくなるのだろうか?
徐々になくなるかもしれないし、天気予報だけの番組は
なくなるかもしれない。
しかしなくならないかもしれない。

そういう意味では番組情報も見ることができるようになるし
ニュースも見ることができる。

ではニュース番組はなくなるのだろうか?
どうだろう。
ドキュメンタリ的なものだったり何らかの独自の視点が入る
物は残るだろうし、逆に正確さだけを提供するニュースも残るかもしれない。

今や時計の価値は合理的に考えると低くなっていると思う。
携帯で見ることができるし、空間を売っている場所じゃない限り
どこでも時計はあったりする。
じゃあ時計はなくなるのか?
今のところなくなっていない。

高級なものだけが残っているか?
確かに高級なもの、オシャレなものの価値はあるだろうが
安いものがなくなっているかと言うとそんなこともない。

人はモノにいろんな価値を見出していてきっと合理的な理由以外にも
存在意義があるんだろう。

天気予報はニュースほどの幅はないように思うし、高級な天気予報?
ちょっとこの組み合わせは面白い。
無駄な天気予報?昔深夜番組であったかも。
美人天気予報、すでにそうか。
独自の視点の天気予報
ドキュメンタリ天気予報、天気は見た!みたいな

そのうち天気予報もそうだけど定点カメラでそのエリアの天気
が見ることができたりして。

テレビで天気予報がどうなるのかちょっと注意して見てみようかと思う。

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このページは、山口智朗が2011年4月27日 23:08に書いたブログ記事です。

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